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generate | DEgenerate | REgenerate 2024-2  /  2024年  石、ガラス、木

2023.3.26 Ibuka,Gifu  /  2024年 石、ガラス   (R) 

2017.7.1 Chichibu, Saitama  /  2024年 石 ガラス (L)

2023.10.4 Tsukuba, Ibaraki  /  2023年 石 木 (L)

2019.3.28 Tsukuba, Ibaraki  /  2019年 石 木   (R) 

N/Λ  vol.2 / 石 /

「礼拝堂に石が在る」

2024.11.14 - 12.22

本多記念教会

​N/Λ 企画代表者 鈴木隆史(建築家 香山建築研究所 設計主任)

トークイベント

Forum1 11.16

石井琢郎/鈴木隆史(N/Λ 企画者・建築家)/伊藤大輔(牧師)

Forum2  12/24 

「いま、美について」

石井琢郎/桑原俊介(美学者)

「聖なるもの」

石井琢郎/桑原俊介(美学者)/伊藤大輔(牧師)

モデレーター:鈴木隆史(N/Λ 企画者・建築家)

N/Λ vol.2 / Stone /

“A Stone in the Chapel”

November 14 – December 22, 2024

Honda Memorial Church

Organized by N/Λ
Representative: Takashi Suzuki (Architect, Chief Designer at Kohyama Architectural Laboratory)

Talk Events

Forum 1 — November 16
Takuro Ishii / Takashi Suzuki (N/Λ Organizer, Architect) / Daisuke Ito (Pastor)

Forum 2 — December 24
“On Beauty Today”
Takuro Ishii / Shunsuke Kuwahara (Aesthetician)

“The Sacred”
Takuro Ishii / Shunsuke Kuwahara (Aesthetician) / Daisuke Ito (Pastor)
Moderator: Takashi Suzuki (N/Λ Organizer, Architect)

Photo :  Hayato Wakabayashi

礼拝堂に石が在る

 

 

内側をくり抜き表面が強調された石をガラス越しに見た時、不思議な感じがしました。

私と石との間にガラスが入ることで触れられなくなったから、より表面が目を留める?

それも一つですがもっと別のなにかが在る気がします。

ガラスを通して、その透明の板を通して見るという経験は、見回すと生活の中に多く目にすることができます。

石とガラスという関係は昔から変わらない?とか想像していた時、ふと自分の視座が変わったのだと気づきました。

石を割って内側を彫って限りなく表面に近づいていくことは、崩壊と生成が同居している状態だと感じています。

彫る時は内から外へ。見る時は外から内。このようなアンビバレンスな状態に私は関心があります。

寡黙な物質が饒舌に語り出す瞬間に出会うことで、私の視座はグラグラと変わり続けるのです。

"A stone stands in the chapel”

Honda memorial chapel, Tokyo

When I observed a stone—its interior hollowed out, its surface accentuated—through a pane of glass, I was struck by a strange sensation.
Perhaps the glass, interposed between myself and the stone, heightened my awareness of its surface precisely because I could no longer touch it.
Yet I sense that something deeper is at play.

The act of seeing through glass—through that transparent boundary—is a familiar experience embedded in our everyday lives.
As I contemplated the long and seemingly unchanging relationship between stone and glass, I suddenly realized that my own point of view had shifted.

To carve into a stone, breaking and hollowing it from within, is to approach its surface as closely as possible.
For me, this process embodies a coexistence of collapse and creation.
When carving, the gesture moves from inside to outside; when viewing, from outside to inside.
It is within this ambivalent state that my interest lies.

In the moment when a silent material begins to speak eloquently, my own perspective wavers and continues to transform.

/石/
文 鈴木隆史

 石は、地質学、文化人類学、民俗学、文学、宗教、建築、美術、デザイン等々、様々な領域から語ることができるという意味で、思考の場として広い領域をもっている。今回の企画は、彫刻の展示ではあるが、いわゆる美術展示というだけではなく、ここに場をつくることが目的でもある。物質(石)を通して何かを見る、そんな場になればと思っている。

 さて、今回の企画自体は本多記念教会が建設中(たぶん2年以上前)から始まっていることをあえて言明しておくが、今年9月号の文芸誌ユリイカにて石特集が組まれている。彫刻史における材料としての石を記述した人、建築意匠の材として石を記述した人、この両者が不在であった点が個人的には印象的であったが、それでも多領域にわたる執筆者が石について記述している。その中から、地質学の視点でありつつ場としての広がりを感じさせる明瞭な文章があったので、冒頭に引かせて頂く。

 

 物質科学的な見地からは、石は「地質学的作用により生じた物質とその集合体」であって、その構成単位は鉱物(mineral)である。鉱物の微視的な定義では、これは化学的に一定の組成を持った結晶性物質であり、これが多種組み合わさってこの地球は構築されている。鉱物は地球の細胞と言ってもよい。地上は生命の楽園で、その生命活動を司っているのは有機化合物(炭素の骨格を鍵とする物質)の機能だが、地下はそうではない。地下の世界のほとんどは高温においても安定な無機化合物(炭素を含まない物質。ただし、炭酸塩と炭化物は無機化合物とされる)よりなり、生命活動の介入する余地がほとんどない。地球内部の世界を支配するのは、血の通わない物質の法則であり、人間の忖度などは欠片ほども入り込むことはできない。鉱物をはじめとする万物を構成するのは種々の元素の原子であり、物質世界は化学的ルールに則られていると考えてもよいが、そもそもこの化学という学術はどのように生まれ、発展したのか。そのひとつの契機は「石」であろう。[田中陵二/ユリイカ2024.9号/青土社]

 

 石は木とともに人が何かを作るための材として古くから使われてきた。建築設計の領域からみると、石は形質を変容させずそのままの組成で(形状のみ加工して)利用した古典的材料の代表と言える。建築において始原的材料といえば土も挙げられるが、土は建材にする過程でなんらかの組成的変化を生じさせることで、強度や防水性を高めていることが多い。焼成して使ったり、植物をまぜ、発酵させながら壁に塗ったり、という具合である。地質学的な視点に立てば、石と土はサイズの違いでしかなく、両者は横断的な関係にある。もっと言えば、建築素材として使われるあらゆる金属、ガラス、コンクリートも、すべて鉱石から生じた別な姿という視点でみれば、みな等しく石であり、つまり石は全ての無機素材の元と言える。このように、石は最も古い材であり、かつ、未だ見ぬ未来の材をも包含する。

 別な視点で、石は古代の神殿やその後のキリスト教教会、もっと遡れば、前史時代における目的もわからない、生活のためではない「何か」を作る際に用いられてきた。荒野に立ち並ぶ巨石、例えばストーンヘンジをはじめ、前史時代のそれらが、永続的なもの・人の生涯を遥かに超える超越的な時間と対峙するための造形行為という意図があったであろうことは、研究者でなくとも想像できる。石は、このように太古から特別な「何」かであった。

 

 こうして考えると、石には材料としての側面と、用に供しない特別な「何か」という側面と、対極的な二つの側面があると言える。素直に考えると、彫刻は後者とつながりが深く、建築はどちらかというと前者に近いとも言えるが、石造の古代神殿や巨石信仰などを思い起こすと、古代においてはまだ二極化はなく、時代とともに、この二つの側面が分離していったようにも感じられる。かつては建築と一体で不可分であった彫刻が、「台座」の発祥とともに自律した芸術になっていく過程と、呼応しているとも言える。

 また、実際には彫刻というものの変遷の中でさえ、このふたつの側面の捉え方はうつろっているのではないだろうか。仮にストーンヘンジを代表とするような巨石信仰が、すなわち石を特別な「何か」と捉える視点が彫刻のひとつのルーツであったとしても、この視点がずっと持続しているかというとそうとは思えない。ミケランジェロ(1475年-1564年)がピエタを彫る時、石はすでに「材料」となって芸術家によって使われる存在になっていたはずだ(勿論、生涯をかけるに値する「材」としてであろうが)。西洋美術としての彫刻の歴史において、その中核を占めるものはやはりキリスト教美術によるものであろうが、人がかつて石に投影した超越性あるいは「何か」が宗教という別な軸に置き換わる中で、材料として作品に従属するという、石にとってかつてとは異なる役回りが台頭し定着していったとも考えられる。この変化は、少なくとも西洋美術史を前提に考えれば、そして多少の語弊を恐れず言えば、キリスト教美術の経過の中で強固になっていったとも言えるだろう。

 後期ルネッサンス-バロック期の彫刻において、大理石は反宗教改革として求められたある種のスペクタクルをつくりだす重要なメディアであった。聖書に記される場面が眼前に現れたと感じせるため、石(メディア)を感じさせない、リアルが求められた。やわらかな襞をもった衣の裏に透けて見える身体の感触までを想起させる、それはつまり石でありながら石ではないかのように彫ることを意味する。(同じ頃の教会建築において左官や塗装を駆使し、石ではないものを大理石であるかのように見せる技が発展したことと逆行する点が興味深い。)

 では、この15-17世紀あたりの石彫を主とする、材料としての石という位置付けがその後の彫刻に連続するかというと、必ずしもそうでもない。制作における社会的制度も変わる中で歴史を批判的に捉え直す近代を経て、20世紀以後の現代においては、自然石を採取、再構成して作品に組み込む、言ってみれば「収集(蒐集)の対象としての石」という扱われ方が多いのではないだろうか。少し美術に興味のある人ならばそのような現代作品を2、3思い浮かべられるだろう。ミケランジェロの作品においてでも、採石場での石の採取からが制作の範疇であるとする文章を目にしたことがあるが、とくに現代においては、「採取し、別な場所に移動させて展示する」という一連の行為自体を作品として提示する場合も多い。これは、材料/作品という近世から近代にかけての石彫における関係に対する批判的なまなざしと考えられるかもしれないが、やはりそこには、石を特別な「何か」と考える思考が再度姿を変えて立ち現れているであろうことは避け難く想像してしまう。これは近代において「聖なるもの」の概念の研究者でもあったロジェ・カイヨワが石の蒐集家でもあり石に関するテクストを多く起こしていることとも遠く呼応しているようにも感じる。

 

 ここまで、俯瞰的に彫刻や石を眺めるような記述をしてきた。この点からすれば、自然石を採取し、割り、中身を彫りだし表皮だけにして再構築するという石井さんの制作手法は、石を彫るという身体を介した制作を前提としつつ、先述した「収集」と「材料」の両面に関わっている点は特異だということになるのかもしれない。ただ、今回の本多記念教会の展示は、これまで数回私が目にした石井さんの展示では感じてこなかったほどに、石が有機的(生物的)なものにも感じられた。内をくり抜いた石をガラスケースで完全に包むという手法が石井さんとしても初めての試みであると聞いているが、礼拝堂中央に設置が完了した際に最初に連想したのが、なぜか、ローマのサンタ・チェチリア・イン・トラステヴェレ聖堂に安置される聖チェチリア像だった。

 聖チェチリア像は、17世紀の彫刻家ステファノ・マデルノによる作品で極めて精巧に彫られたいわゆるバロックの傑作である。殉教の姿として床に横たわり首を捻って顔を下に向けた聖女チェチリアが聖壇正面のガラスケースに納められていた(と記憶している)。首には刃物による切り傷まで表現されていた。石とはいえ、イタリアの大理石と日本の川石、そもそも人体像と抽象彫刻、ほぼ共通性はないはずだが、ふと思い出したのはおそらく、教会という場の力と、ガラスケースというメディウムの問題、内部をくり抜いて再構成するために生じる繋ぎ痕や穴とチェチリアの傷との重なりも起因したかもしれない。だがそれ以上に、石が人体そのもののメタファーとして無意識に感じさせるということを如実に体感してしまったような気分になった。

 石は科学的に無機物に分類されるが、地方土着の信仰においては石を生物/無生物のカテゴライズとして前者に分類することもあると聞く。また、周知の通り大理石はじめとする特定類は生物や植物の死骸の堆積をルーツにもつ。本文の冒頭の引用にて、地上を有機化合物による生者の世界であるのに対し、地表面下をその対極と表現していたが、人と石の関係は生物と無生物とが対の関係であることと相似するのかもしれない。古代ギリシャの神話でも、生まれてくる子を食べ続ける古代神クロノスから第4子ゼウスを守るため母レアーが産着を着せて身代わりにクロノスに差し出し飲み込ませたものものが石であったことも思い起こされる。

 

 ここまで、美術批評門外漢ながら、もどきのように記述をしてきたのは、多様な視点で物質を見直す場をつくりたいというN/Λの企画ゆえの粗相として寛大に受け止めていただきたい。ただ、石を主体として彫刻史を横断的に記した文献を端的に引用しようにも、身近に見当たらなかったたことが記述の原因である。(実は、この問題は建築にも同様に言える点で、N/Λの活動動機でもある。)大前提として、彫刻と括られるもののうち、石彫の位置付けを一義的に語りがたいことを無視して話を進めている点には問題はあるだろうが、石なるものの孕む言語的フィールドの広さ、そして石彫の変遷を思いつつ石井さんの作品を見直してみることにも、意味があるだろうと思った。先述したように、かつて彫刻や絵画は建築と共に在った。その最後期が、技術としての石彫の頂たるバロック期の教会建築であろうが、この隆盛のきっかけともなったプロテスタント教会で、具象と抽象、自然と作為が裏返ったかのような石井さんの作品が展示されているという、この摩訶不思議な感慨を、少しでも多くの人に共有頂ければ幸いである。

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